ぼんさんのひとりごと

第158話(イチロー選手の引退)に一抹の寂しさがある。

昨日東京ドームでの試合後、引退を表明しました。現役で45歳、プロ野球選手として

通算28年の間、日本(オリックス)、アメリカ(メジャーリーグ ではマリーナーズ、ヤンキース)

での活躍は素晴らしいものがありました。

新記録を次々樹立し、奢らず、淡々と試合に臨む姿勢は胸を打つ。

オリックス時代仰木監督が鈴木一朗ではインパクトがない鈴木姓の選手は沢山いる

「イチロー」で選手登録をした、これを機会に大飛躍することになった。

いい人に巡り合えたイチロー選手は幸せだったと思う。

プロ中のプロその姿勢はどの業界の人にも共通するものがある。

仏教界にもそれらしい人は居るが、そうでない人が目立つこの頃である。

思えば、僧侶の中でも正座できない、頭の髪の毛を剃るのは嫌だ、声が細った、物忘れする、人に会うのが億劫だ、

線香の煙のアレルギーがある、人と話すのが苦手だ、あなた坊さんのプロでしょう、このような兆候が一つでも出てくれば、

引退を考える時ではないでしょうか?歳は関係ないですよ。

 

第157話(どんどやき)

「どんどやき」の呼ばれ方

(五十音順)

 

「どんど焼き」とは小正月(こしょうがつ=1月15日)の行事で、正月の松飾り・注連縄(しめなわ)・書き初めなどを家々から持ち寄り、一箇所に積み上げて燃やすという、日本全国に伝わるお正月の火祭り行事です。神事から始まったのではありましょうが、現在では宗教的意味あいは少なくなっています。

一般的には、田んぼや空き地に、長い竹(おんべ)や木、藁(わら)、茅(かや)、杉の葉などで作ったやぐらや小屋(どんどや)を組み、正月飾り、書き初めで飾り付けをしたのちそれを燃やし、残り火で、柳の木や細い竹にさした団子、あるいは餅を焼いて食べるという内容で1月15日前後に各地で行われます。

どんど焼きの火にあたったり、焼いた団子を食べれば、その1年間健康でいられるなどの言い伝えもあり、無病息災・五穀豊穣(むびょうそくさい・ごこくほうじょう)を祈る民間伝承行事です。

第156話(水子供養)

「水子供養」をお願いしたいのですが・・・・・・

と若い女性の人がお寺に来られました。

ご両親に結婚を反対され、子供を身籠ったのに中絶を

余儀なくされましたとのこと、御供養をした後、見る事も出来なかった

わが子に、「手紙を書きました、届けてください」

仏様の代わりに開封して読ませてもらいました。

母親の愛情がいっぱい溢れていました。

きっと仏さまもこのお母さんに次のいい子が授かり、皆に祝福されて

生まれてくれることを願いたいですね。 続きを読む »

第155話(教深寺和尚の面白教室)松前史談会投稿

 

教深寺和尚の面白教室

教深寺住職  石黒 夏生

 

仏の心を石に刻む

昭和59年弘法大師1150年の御遠忌記念の年石像を桜井の石彫家馬越正八師に修行大師像

(5尺)および慈母観音像(6尺)の制作を依頼に行き何度も足を運ぶうち小さな作業場に置かれていた童子像、童女像を見て、その可愛さに魅せられ「私にもこういう彫刻が出来るでしょうか」

「仏像を彫られるのはお坊さんの本来の布教活動の一環で結構なことですよ。この鑿と槌を差し上げますから、やってみたらどうですか。」と言って簡単に手解きをしてくれました。石としては

少し柔らかめの凝灰岩、砂岩、安山岩を東京や香川県、島根県の石屋さんに送ってもらいコツコツと彫り始めました。最初は6寸仏お地蔵さんを彫り檀家の人に差し上げました。1尺ほどの童子

童女の像を彫り始めました。3尺の観音像を泉の泉永寺へ差し上げました。

どこで調べたのか朝日新聞関西版に紙面半分の記事にしてくれました。産経新聞、愛媛新聞にも

取り上げられ一躍、石仏和尚として有名になりました。

300体くらいを作ったころ、大阪読売テレビが朝の番組「宗教の時間」に放映したいと

(6時30分から15分間)教深寺へカメラマン他4名のスタッフが平成2年の1月下旬4日間

あちこち私が差し上げた石仏の安置されている、お寺や檀家の家へ撮影に行きました。

放映は2月12日早朝の6時30分大阪は読売テレビ、東京は日本テレビで放映されました。

テレビの影響は驚くほどで各地から石仏の欲しいと言う人から電話や手紙が来ました。

地元のテレビは放映しなかったので地元の人はこのことを知りません、ビデオテープを読売テレビより貰い、今はDVDにして保管しています。今までに450体は制作しました。 続きを読む »

第154話(老苦、病苦、で目覚めたこと)

長嶋茂雄さんが還暦を迎えた時「初めての体験ですので何と言っていいか分かりません」

とコメントしたとか?老苦、病苦も初めての体験で心配ばかりが先行して心定かではありません。

理屈で分かっていても、当事者になって初めて、その実態を知るのです。

若いということ、健康であるということ、無くして初めて、その有難さを知るのです。

そして、同じ苦しみにあっている人々の現状を理解できるのです。

この二年間肝臓癌の治療,四度、胃の静脈瘤の治療を行い、多くの医療関係者の献身的な

努力により、元気に仕事ができる体に戻してくれました。 続きを読む »

第153話(奇数のぞろ目を縁起良いとする中国)日本に伝わる。

1月1日(元旦)  3月3日(ひな祭り)  5月5日(端午の節句)こどもの日  7月7日(七夕まつり)

9月9日(重陽の日)    11月11日(独身の日)これは最近決めたようだ。日本では(介護の日)

日本では4,9、を嫌う、4は死を連想するから・・・・ 9は苦しみ、苦労を連想するから・・・

面白い話がある12月29日は餅をつかない。どうしてかと言えば、二重苦を思い起こすからと・・・

無着成恭和尚は12月29日に餅をついていました、村人が寄ってきて、和尚さん今日は餅ついたらいかん

と皆が口々に諫めようとしました、すると和尚曰く「今日が一番ええ日なんですよ、福がつくと数字が示してる。」

野球の選手の背番号いろいろ拘りますね。日本ではやはり4、9の人はいません、外国人の選手は42、44、49を

欲しがります。

自動車のナンバーも末尾は42(死に)、49(敷く、死苦)は欠番になっていました。

病院の病室番号も4は飛ばします。

ある葬儀社の電話番号が4242か4444だったりします。

四国霊場44番札所大宝寺は死、死ではなく四が重なっているので、幸せと言っています。

東南アジアでは一桁で一番大きい数字として尊びます。中国の重陽の日がそうです。

日本のお正月のようにお祝いをします。労働者は故郷に帰省します。

自動車のナンバーが希望する数字になりました、7777、8888、3333、1111、とかの

ナンバーを欲しがるのは、勝負師が多いようです。

日本で好かれる数字は8です。漢字の八が末広がりになっているからです。

ある和尚さんが自動車ナンバーを4949に希望したらすぐもらえたと喜んでいました。

以前から49は欠番にした数字です。なぜかと聞いてみました、アマチュア無線の資格があり

ハロー シイキュウ シイキュウと呼びかけるからと・・・・・・

第152話(三度目の肝臓癌治療)

11月4日(日)松山赤十字病院へ入院 三度目の肝臓癌のための血管造影、CT検査、 もう一つの病、胃の静脈瘤の検査の為、胃カメラ検査、9日に一旦退院。治療は先生の都合で11月28日再入院の予定。 病院食の写真です。6日間で3kg痩せました。

終活の準備を考えなければならなくなりました。右の耳が聞こえなくなりました。坐骨神経痛も出てきました、

いよいよ幕引きの時を迎えようとしています。

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第151話(松山工業高校同窓会名簿)創立110周年記念発行

愛媛県立松山工業高等学校・110周年記念に同窓会名簿が発行された。

分厚い冊子である。鬼籍に入った先輩諸氏らの名もありました。

懐かしい恩師の名もあり、また音信の絶えていた同僚の名も見つけました。

連絡しようか迷っています。昭和33年卒業生の姿が走馬灯のように駆け巡ります。

たくましい少年だった彼はどうしているだろうか、秀才だった彼は良い人生だったのだろうか?

IMG_1076電気科を卒業し今、故郷のIMG_0032小寺の住職として檀務に駆けずり回っている自分を友人は思い出してくれるでしょうか。

法衣が板についてきました。

頭も剃らなくていいように禿げてきました。

 

 

 

 

 

 

 

第150話 足立美術館、松江城、水木しげる記念館へ

 

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30年5月9日~10日足立美術館、横山大観の名画展を鑑賞、日本庭園、水木しげる記念館、妖怪街道、松江城、堀を遊覧船で周遊、小泉八雲旧居を覗き、八重垣神社へ歴史探訪、お天気にも恵まれ良い研修旅行になりました。

第149話 (長谷寺団参・65名ー33番札所竹生島・宝厳寺参拝)

平成30年4月30日午後8時20分松前町を出発して一路

本山長谷寺団参にバス2台で65名元気に東予港から大阪南港に!!!

翌日5月1日は夏日の暑さで楽しみにしていました牡丹は盛りを過ぎ

大半が崩れかけていました。

それでも本尊様の御足に触れ健康を祈願しました。

実物大の観音様のお軸も拝見できました。

団参回数表彰20回・1名 10回・4名 5回5名

お茶の接待を受け、ご法話を拝聴できました。

午後は近江の豪商のお屋敷を見学して、楽しみの夕食宴会場の

長浜のロイヤルホテルへ到着しました。

温泉に入り、美食をお腹一杯にして、カラオケで盛り上がりました。

「いくたびも詣る心は初瀬寺山も誓いも深き谷川」のご詠歌のように 毎年お詣りをして新たな御陰を頂いております。IMG_1554 (2)IMG_1553 (2)IMG_0014 (3)IMG_0018 (4)

 

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